1978年。
プロ野球史に刻まれた伝説の日本シリーズ──
ヤクルトスワローズ vs 阪急ブレーブス。
当時、阪急は福本豊、加藤英司、山田久志を中心とした“最強王者”として揺るぎない地位を築いていた。
一方、球団創設以来、長く低迷していたヤクルトは若松勉、大杉勝男、杉浦、大矢、松岡、マニエルらを中心に悲願の初優勝を狙い挑んだシリーズとなった。
第1戦から第7戦まで、一球、一瞬が歴史を動かした激闘。
勝利の裏側にあった心理戦、戦術、そして隠されたドラマとは何だったのか。
本動画では当時の映像や証言に加え、独自視点から戦いの核心に迫る。
史上最強の阪急は、なぜ敗れたのか
勝負を決めた“あの一球”の意味とは
ヤクルトが初優勝を掴み取れた最大の要因
王朝崩壊につながった阪急の誤算
プロ野球ファン必見の歴史的ドキュメント。
激闘の7日間を、今こそもう一度振り返る。
最後までご視聴のうえ、コメントで皆様の記憶や意見をお聞かせください。
あなたが思う“勝負を分けた瞬間”はどこでしたか?


コメント
ご視聴ありがとうございます。
第3弾最終回です!
ありがとうございます。このときは小学生でしたテレビで観ました。
広岡監督の頭脳が見事に出た日本シリーズでしたね!
@ヤクルト速報 さん
後に江川、西本を擁した巨人を、4勝3敗で下した名勝負の日本シリーズも
第7戦まで考えての勝利。その前例が黄金時代の阪急とのこの日本シリーズ
でした。それを知った時、びっくりしましたね。後に上田監督は、ヤクルト
との日本シリーズにケガで出られなかった今でも語り伝えられる、豪速球の
山口高志がいたらなと何回も話していたそうです。
上田監督は元々カープでプロ入りして数年で引退しコーチになり将来の監督を目指していたのが68年根本陸夫監督就任で対立して広島退団し山内一弘氏の推薦で阪急入り
上田氏と入れ替わりでコーチ入閣したのが広岡氏でした
あと上田監督は阪急上層部に気に入られていたのと西武では根本陸夫氏が堤オーナーの信任を受けて現場を任されていたのが
最終的に阪急を選んだ要因かと
広岡氏も西武監督で根本氏と対立してリーグ優勝しながら日本一を逃した事で実質解任で退団していますね
@antipayoku6555 さん
広岡監督は、元々GM志向の気持ちが高かった人だからそれが根本氏と
対立した原因の一つとも言われていた。権限の拡大を求めたら根本氏から
そんなこと言っている場合ではない、今の現場の選手との関係を
よく理解しているのかと注意されたようです。かなり険悪だったから。
広岡さんは妥協しない人だから辞任選択。取材に答えて監督在位4年の
うちに3回リーグ優勝したからもういいでしょうという言葉が印象的
だった。
長嶋、上田さん要請がダメになり広岡監督になったことが、結果的に西武に
とってよかった。上田監督は、西武の選手は魅力的な選手が多い、優勝
できる戦力もあると話していたけどやはり、阪急愛が強かったんでしょうね。
もし西武の監督になっていたら、西本監督と同じように一緒に戦ってきた、
山田、加藤、福本選手と戦うことになるからそれもイヤだったのかも。
松岡は日本シリーズ4試合登板ですか、現代でなくても酷使と言われそうな使われ方です。
ブレーブスの山田はシーズン中は勝率が高かった投手なのに、なぜか日本シリーズではよく打たれていましたね。
そうですね、どうやら膝を故障していたようですね。十分な体調ではなかったそうですね
今ならリクエストで覆る可能性もありますが、当時はアナログでかつカメラの数も少なかったので、ビデオ判定も難しい時代。
さらに言えば、当時は審判がセパ各リーグに所属し、日本シリーズでは半々に出されていた。
レフト線審の富沢さんがセ・リーグ所属だったことで上田監督の不信感が高まり、判定は受け入れるが審判を変えろ!という話にすり替わってしまった。
結局、コミッショナーや阪急の球団代表が説得したことで再開にこぎつけたけど、上田監督は抗議の責任を取る形で退任。
この長い中断という重たいムードを振り払うようにマニエルが続き、大杉も正真正銘のホームランを放ち、松岡が完封した。
次に出る92.93年の日本シリーズがよく名勝負として扱われますが、この年も圧倒的不利と見られたヤクルトが意地を見せつけたシリーズでしたね。
そうですね、当時の選手たちは恥ずかしいから1勝くらいはしようと言ってたらしいですね。初戦負けたけど、山田から5点取って、これはいけるんじゃないかと自信になったそうですね!
しかし松岡投手は腕が長いw
勝つことへの執念深さは歴代プロ野球監督の中でも群を抜く上田監督を怒らせちゃいけないね。星野さんや長嶋さんのパフォーマンスも悪く無いけど上田監督の場合は情熱の種類が違う。
ホームラン打って本塁に戻る打者を迎える阪急の選手…あそこまで出てくるんだw
上田監督の抗議は自身の退場覚悟で選手のためにやったのでしょうが、コミッショナーまで引っ張り出す審判団の優柔不断さ(廣岡さん曰くサイテーな対応)で思わぬ長時間になり足立投手が肩が冷えてしまうとは。
一方で松岡投手は廣岡さんの心配とは裏腹にこの時間でエネルギーチャージできたとのこと。また「白石投手がもっと使われていたら優勝の行方は分からなかった」と廣岡さんの言うように日本選手権は何が起こるかわかりませんね。
審判団の対応が不味すぎましたね。
自分たちもとんでもない間違いをしてしまったという思いから上田監督に毅然とした対応が出来なかったのでしょうか。
後年福本氏らが語っていますが
もうええから早くやりましょうやと
監督を説得するも聞く耳を持たず執拗に抗議を続けた結果が他にも書かれていますが足立投手を使えなくしてしまい逆に松岡投手はこの中断で体力を回復して完投勝利で日本一と云う結末に
足立投手を下ろして送り込んだのがルーキーの松本投手だった事でもう上田監督はヤル気を無くしていて皆シラけたと福本山田氏らは語っていました
広岡監督も何故あの時点で執拗に抗議しているのか?すぐ再開していたら結末は分からなかったと
第7戦で完封勝利するとは松岡さん素晴らしい!
日本シリーズの大舞台で3勝3敗で迎えた大一番で完封勝利は中々ないてすよね。
しかもあの長時間の抗議による中断もあったというのに。
上田監督の抗議の声まで鮮明に入ってるんですね